JTCによくあるIT詳しくないIT部長に関する考察 日付: 11月 08, 2025 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 日本の伝統的大企業(JTC)において、IT部門のトップに「IT専門家ではない」人材が就くケースは決して珍しくありません。むしろ、これは多くの企業で見られる構造的な現象です。本稿では、このような人事配置が生まれる背景と、そのメリット・デメリットについて考察したいと思います。 ## 彼らはどこから来たのか こうしたIT部長の多くは、ITそのものではないものの、文系社員から見ると「技術的に見える」領域で実績を積んできた人材です。製造業であれば工務系や生産技術系、金融機関であればオペレーション改善、商社であればサプライチェーン管理など、その出自は業界によって様々です。しかし共通しているのは、「ITではないが何らかの形でシステム化や効率化に関わってきた」という経験です。彼らに共通するのは、元々いた部門での出世コースを歩んできたものの、その頂点には到達しなかったという経歴です。その領域の干渉役員にはなれなかったが、一定の技術理解力とマネジメント経験を兼ね備えた人材として、IT部門という別の道が用意されたのです。 ## 前提:腐っている人材は論外 ここで重要な前提を述べておきたいと思います。モチベーションを失い、保身だけに走る「腐った」人材については、議論の対象外です。どんなに優れた経歴を持っていても、やる気のない管理職は組織にとって害悪でしかありません。以下の考察は、あくまで「まだ燃えている」「組織のために貢献したい」という意欲を持った人材を前提としています。 ## 彼らがもたらす最大のメリットは信頼貯金 IT専門家ではない部長が持つ最大の強みは、「信頼貯金」です。長年、現場や事業部門で実績を積んできた彼らは、経営層や他部門から一定の信頼を得ています。「あの人が言うなら」という信用があるのです。これは、IT部門にとって計り知れない価値があります。 IT投資は往々にして、その価値が非IT部門には理解されにくいものです。しかし、現場を知り、ビジネスを理解している元事業部門の部長が「このシステム投資は必要だ」と言えば、経営会議での通りやすさは格段に違います。彼らは、IT部門と経営層をつなぐ「翻訳者」として機能するのです。 また、他部門との調整においても、この信頼貯金は威力を発揮します。システム導入に伴う業務変更の依頼など、現場の抵抗が予想される場面でも、「現場のことをわかっている人」からの要請として受け入れられやすくなります。 ## 投資判断の勘所の欠如 一方で、IT専門性の欠如は深刻なデメリットももたらします。最も顕著なのが、投資判断と撤退判断における勘所の不足です。特に問題なのは、サンクコストへの対応です。「既に◯億円投資したシステムを今止めるのは勿体ない」という発想に陥りやすいのです。IT業界の常識である「動かないシステムに追加投資するより、早期に損切りして別の解決策を探る」という判断が、彼らには直感的に理解しにくいのです。従来の事業部門では、投資したものは何らかの形で残り、活用できることが多いです。しかしITプロジェクトは、失敗すれば何も残りません。この根本的な違いを肌感覚で理解していないため、判断を誤るリスクがあります。 また、技術トレンドの見極め、クラウド vs オンプレミスの判断、レガシーシステムの刷新タイミング、ベンダー選定の適切性など、IT特有の投資判断には専門的な知見が不可欠です。ここでの判断ミスは、企業の競争力に直結します。さらに、技術的負債の概念や、「今は動いているが3年後には重大な問題になる」といった中長期的なリスクの理解も難しい傾向があります。 ## 信頼貯金を持っているIT人材の内部育成 理想を言えば、信頼貯金を持ったIT人材を内部で育てることが最善策です。 若い頃からIT部門でキャリアを積み、技術的専門性を磨きながら、同時に他部門との協業や経営層とのコミュニケーションを通じて信頼関係を構築していく。こうした人材がIT部長になれば、専門性と信頼の両方を兼ね備えた理想的なリーダーシップが実現します。 しかし現実には、多くのJTCにおいてIT部門は「コストセンター」と見なされ、出世コースから外れた位置づけにあります。優秀なIT人材がキャリアの早い段階で他社に流出したり、IT部門内で昇進機会が限られたりする構造が、この問題を生み出しています。 本来であれば、IT部門を戦略部門として位置づけ、そこでのキャリアパスを明確にし、事業部門とのローテーションを含めた育成プログラムを整備すべきなのです。 ## おわりに IT専門家ではないIT部長の存在は、仕方ない側面はありますが、決して理想的ではありません。しかし、多くのJTCが「IT部門の地位向上」と「IT人材の育成」という長期的課題に取り組む過渡期において、彼らは現実的な解決策として一定の役割を果たしています。 重要なのは、彼らの強み(信頼貯金)を活かしながら、弱み(IT専門性の不足)を補完する体制を作ることです。そして長期的には、やはりIT人材が正当に評価され、キャリアパスが確立された組織を目指すべきでしょう。IT部門が「左遷先」ではなく「魅力的なキャリア」となったとき、真の意味でのDX推進が可能になるはずです。「IT詳しくないIT部長」という現象は、日本企業のIT部門の位置づけそのものを映し出す鏡なのかもしれません。 コメント
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